1.音のクリーニング 「黒猫」(註1)のピアノ弾きだった頃、22才のエリック・サティは「ジム ノペディー」を作曲した。この清楚な音楽の作者は、「音のクリーニング」が 必要だと言った。彼は音から余分なものを取り去ることを訴え続けた。 19世紀末からの西洋音楽における音の質的な部分の復権の動きは、注目すべ き出来事だ。オペラや歌劇の時代から音と肉体の復権の時代(バレーの復権で もあった)への変化の中で、情景描写という仕事に忙しかった音楽は、物語に 従属することを拒み始める。同時に多くの失ったものの回復が始まる。機能和 声法によって締め出されていたバロック以前の旋法が、そして舞踏のリズムが 復活し、さらに民俗音楽や大衆音楽への関心と受け入れが始まる。 この分岐点にサティはいた。そして彼こそが、来るべき新しい音楽の発明者 の一人であった。彼の音楽には、ジャンケレビッチの言葉を借りれば、「雄弁 に対する羞恥、勿体ぶった大仰な話し方にたいする羞恥」を含んだ「表現の拒 否」の姿勢を見ることができる。その「挑発的な素っ気なさ」は、ロマン派の 「何がなんでも表現しようとする意志」に対する彼からの挑戦状だった。 「表現の拒否」は、音の対象化を促進する。そして音は、音自身の美を発見 する。彼は、「黒猫」の次の職場「釘」で出会って友情を深めることになった クロード・ドビュッシーに、(サティによれば)印象派の画家たちの手法を音 楽で利用するというアイデアを提案した。このこと自体の真偽はともかく、ド ビュッシーは音響現象を探究した。そして、感情の表現の道具としての立場か ら自由になった音楽は、「月の光」を音で表現しようとして実は音そのものの 「きらめき」を体験するのだ。これは音楽が、「きわめて感覚的な音芸術」 (柴田南雄)として、新しい形で聴かれる条件を整えて行くことの始まりでも あった。このことは今日の音楽にも大きな影響を及ぼし続けている。 2.併合された領土 「スイッチト・オン・バッハ」の衝撃から間もなく、富田勲がシンセサイ ザーを使った最初のアルバムをドビユッシーの作品で構成したことは、不自然 なことではない。シンセサイザー音楽の題材が、バロックからいきなり印象派 へジャンプするのは、ある意味で必然だった(この二つのシンセサイザーによ るアルバムの間には、別の意味での断層が存在すると思うが)。この時、単音 しか出ないムーグ・シンセサイザーの音を何度も重ねて録音し、音の厚みを出 すことに多くの労力がさかれたが、こうしたサウンド作りへの執着によってこ そ、商品価値が生まれ、多くの人に受け入れられることが改めて認識されたの だ。テクノ・ポップの時代には、サンプラーで現実音が、そしてシンセサイ ザーでノイズを敢えて取り入れた音作り等もされたが、それだけでなく電子エ コーやコーラス・フランジャーといったエフェクターが不可欠のものとして活 用された。こうして、かつて実験的であった電子音楽で培われた技術は、いわ ばドビユッシー的サウンド(たぶんドビユッシー自身も後年離脱しようとして いたものでもあるが)の再発見を通して、商業音楽の製作の場で市民権を得て 行く。そしてこれらの音作りの仕組みは、アコースティックな音楽をも含めた ポップミュージックのレコーディングそしてライブのための、あたりまえの技 術として応用され、一般化する。 電子技術は、音楽の空間を拡張した。新たなサウンドの開発は、新たな商品 価値を生み出す。現代音楽の産み出した様々な資源も、民族音楽の音色やリズ ムも、音響であるかぎりにおいて、(細川周平が指摘したように)すべてこの 水準で取り込まれる(ロック音楽は20世紀の前半部分をやり直したかのよう だ)。どんな新たな素材でも構わない。エフェクターは外界との境界をぼか す。画像用レタッチソフトのぼかしツールのように、音の「ざらつき」や「へ り」を隠し、すわりの悪い音も背景に馴染ませる。音は現代音楽や初期のロッ ク等で瞬間その地肌を見せながらも、最終的にサウンドの空間に取り込まれて いく。こうしてどのような音もサウンドとして流通させる装置ができ上がった のだ。そしてこの装置はまた、音楽のグローバル化がサウンドという点を軸に して進行していく道を確保する。 サウンドは、表現することに躊躇する音楽が、新たに設定した不安定な境界 線の上に成り立っており、それは自らを拡張することによってこそ(かつては 音楽の素材として認識されていなっかたものが、新たに音楽の空間に取り込ま れるという運動を通して)存在し得るのだ。これはサティによってすでに指摘 されていたことである。 「騒音と音楽の領域をへだてる謎に満ちた境界はますます消滅する傾向にあ る。音楽家たちは、音の響きのこれほど豊かな未知の領土を併合して、満足を ますます増大させている。」 サティは、このことについて必ずしも否定的ではなかった。 「(音を発生させる新しい方法は)確実に音楽のエクリチュールを発達させる であろう。」 音の録音技術の誕生や、機械の自動演奏は衝撃的であった。サティは、スト ラビンスキーが、これらを新しい要素として音楽にもたらしたことを称賛す る。新しい音が音楽に取り入れられる時、その空間の「境界」にズレが生じ、 人は音と音楽についての新たな経験を得るからだ。彼はピアノラ(註2)やカ レイドフォン(註3)もまた、この体験の可能性をもたらすと考えるのだ(重 要な場が、ピアノとピアノラの間に発生する)。だが音楽的響きの開発は、果 てしない響きへの欲望に捕らわれる。サティは、音楽のために新しい音響の開 発をするよりも、音楽そのものを音響として捉え、さらに対象化するという道 を歩む。それはドビュッシーとの離別であり、さらなる「表現からの逃走」 (ブンデル)であった。「音の測定器を手に、私は楽しく、そして確実に仕事 する」とサティは書いた。 3.フィロフォニー 「未来はフィロフォニー(音愛)に属するものとなるだろう」、サティはこ う宣言していた。マン・レイはサティに敬意を表しつつ、これを写真のために 「フィロフォティー」に置き換えたが、サティは、この時「オブジェ」として の音を発見したとも言える。ドビュッシーよりはるかに大胆に、音響としての 音楽の領域を最大限に拡大して考えることで、彼は生活の中に特別なものとし て音楽が存在するのではなく、生活の空間すべてに音楽の素材が存在すること をついに発見する(音楽はさらに新しい領土を見つけることになる・・・後に ミュージック・コンクレートは、現実音を素材として使用したが、ピンク・フ ロイド等もこの手法を応用した)。 こうした新しい状況の中で、聴く行為についての新しいかたちが生まれねば ならなかった。とめどもなく増殖する音楽の空間を前に、サティがその作品と ともに開発したのは、人が音を楽しむ新しい方法、新しい音楽の活用法であ り、これは来るべき時代のために彼が準備したものなのだ。今や素材としての 音の領域の拡大ではなく、音楽に向き合うための、これまでとは違った態度が 必要なのだ。 音は聴く側の状態や聴き方によって姿を変える。また聴くことと聴かないこ との境目を楽しむこともできる。音に注意を払って聴いてみること(ポイント をいろいろ変えて)、それに退屈したら音のすき間の音を聴くこと、それにも 飽きたら音のことは忘れる。これらによる気分の変化と音の見え方の変化を感 じること(これはシェイファーやイーノによって再発見される)。こうした体 験を可能にする音楽、つまり、「周囲を取りまく雑多な音を考慮に入れる」音 楽、「それを圧倒したり、自分を押し付けたりするのではない」音楽(家具の 音楽)が実現されなくてはならないのだ(サティがフェルナン・レジェに言っ た言葉)。サティはこの体験のための空間をいろいろな形で準備した。有名な 「ヴェクサシオン」もその一つである(繰り返しの連続はただの退屈ではな い。ロックの世代が東洋を再発見したとき、ミニマル・ミュージックが生ま れ、サティはこの分野でも先駆者として語られる)。 聴くということは、自分が新たな音の空間を受け入れるべく変わることで ある。それは聴く者の音への感性に変化を与え、新しい音の発見を可能にす る。しかしそれだけでは新たな音楽の新たな奴隷を生むだけかも知れない。サ ティは、ある発見の後に人が望むであろうものを、次回には意図的に裏切るよ うな構成を用いた(彼の新しい作品もまた以前の作品のイメージを覆してい く)。彼の作品は、人が音と音楽との複雑な境界を持続的(断続的)に感じ、 体験すべく準備された空間である。このことは、彼の作品を演奏する場合に、 さらに重要な意味を持つ。彼のいくつかのピアノ曲は、ピアノを弾く者のため の特別な音楽だ。不思議な題名のついたこれらの曲は、フォーレのピアノ曲の ように愛すべき小品でもあるが、それだけではない。美しいメロディーは現れ そうになると途切れてしまうし、楽譜に書かれた様々な言葉が音楽の中に入り 過ぎないように意識を覚ます。これは楽譜を読みながら鍵盤をたたく人のため のものであり、「コンサートではほとんど演奏不可能な・・・それ自身で満ち 足りている作品(シャタック)」である。 「サラバンド」(最も初期の作品)では、弾く者は音の響きを確かめながら 演奏することになる。だましだまし響きを探りながら弾く感じだ。これは作品 なのか、作品以前なのか。自分で弾いているにもかかわらず意外な形で変化す るその響きは、演奏する者に音楽的な隙間を体験させる。ひとつの響きの空間 の後に、予想もしない新たな空間がやって来る。これは主題の展開や変奏では ない。音楽は始まろうとしては、また新たな始まりを始める。そして弾く者 は、次に立ち現れる快楽を待ち受ける。 この音楽には、音の複雑さはかえって邪魔になる。沢山の音は必要がないの だ。彼は古いスタイルのイメージを利用した。 「過去の中に《美しいもの》がある。たいへん美しいものが。どんな忠告も求 めることなく自分たちでそれを探そう。」 彼の音楽は大変シンプルな形を手に入れる。「ジムノペディー」、「グノ シェンヌ」そして「ソクラテス」。しかしこの清楚なスタイルは、ときに誤解 を招きやすい。ドビュッシーによる「ジムノペディー」のオーケストレーショ ンは、せっかく空いた音の隙間にハープの音をちりばめる(「サウンドオブサ イレンス」のリミックス版のようだ)。「癒しの音楽」の同じCDに収録され るほどの同一性はあっても、坂本龍一のピアノ曲は、サティのそれに比べてと ても情緒的だ。「ノクチュルヌ」や「世紀ごとの時間と瞬間の時間」等のよう な曲は、その新鮮なスタイルや語法のみが再利用される可能性を持っている。 4.白い音楽 音はもともと自由であるはずだ。雑音を音楽にするのは、そこに居る自分自 身なのだ。しかし、「音楽」として提供されるものには、その消費のスタイル までが、あの手この手で語られ準備されている。そこからは完全に逃れられな いかも知れないが、そのお仕着せがましい圧力から自由になろうと望み、うん ざりするほどの音楽から遠ざかること。サティにとって、そのために重要なの は、「自分を新たにしつづける」(ケージ)ことだった。 作曲とは、聴き(そして聞く)者が、そして演奏する者が、それぞれのやり 方で音楽の新しい体験をするための空間の準備である。彼はそのための仕掛け を考案しては、物議を醸す。この場合、作曲者はその体験の中身ついて保証は しないし、そんなことはできない。それは用意された音響の中に浸るのではな く、聴く者や演奏する者自身が、音が音楽になるかならないかの、その生成の 場に立ち会うことである。この体験の中では、その体験者だけが、その世界の 中心に居る。 それは「眠り」というより「恍惚」の、「癒される」のではなく、自らの中 に新たな世界と新たな自分を発見していく体験である。そしてそれは音楽の誕 生の秘密についての体験であり、その美しさの訳を教えるものなのだ。彼が ジャズやグレゴリオ聖歌のように、無名性の中に喜びと恍惚をもたらす音楽を 愛していたのはこのためだ。だからといって彼はもちろん中世への回帰を求め たのではない(「わたしは12世紀の人間ではありません・・・」)。 他者に向かって感情を表現するための音楽、あるいは音響としての豊かさを 求める音楽でもなく、自分自身が音楽の楽しみを創造するための音楽、彼は 「白い」音楽を夢見る。 「まっ白な、ほんとうにまっ白な線状の小品を書きたい。」 それはつつましく、それだけで人が自らの中に喜びを感じることのできる音 楽である。フォーレと共に「日常生活の白いオクターブ」(ジャンケレビッ チ)を共有しつつも、それはすでに憧れの音楽かも知れない。 (註1)モンマルトルにあった文学酒場 Chat Noir 。ここに多くの芸術家が 集まった。 (註2)米国のエオリアン社の自動(演奏)ピアノにつけられた商標。パンフ レットには「ピアノラ ピアノ」と書かれた。 (註3)楽器屋の父を持ち、万華鏡の発明に刺激を受けた英国の物理学者 チャールズ・ホイートストンが、1827年に発表した音の振動を視覚的なパター ンとして示す装置。「『冷たい曲』を書くのに、私はカレイドフォン記録装置 を利用した。」とサティは書いているが、文脈から見て、思いを伝えるために 想像上の行為として述べたと思われる。なお、ホイートストンと関係のあった 人物に、コンピュータ・プログラムの創始者といわれるエイダがいる。ちなみ に彼女は、プログラムが音楽の制作に活用されるであろうことを想定してい た。 *記載のない引用はすべて「エリック・サティ文集」オルネラ・ヴォルタ編 (岩崎力訳)による。 その他の引用文献、 『夜の音楽』ヴラディミール・ジャンケレビッチ(千葉文夫他訳) 『エリック・サティ』マルク・ブンデル(高橋悠治・岩崎力訳) 『ジョン・ケージ 小鳥たちのために』ジョン・ケージ/ダニエル・シャルル (青山マミ訳) 『サティとプラカードの音楽』R・シャタック(岩佐鉄男訳) 『西洋音楽史4(印象派以後)』柴田南雄 ■プロフィール■ (こはら・まさる)某短大で、コンピュータ・ネットワークのシステム管理を 仕事にする傍ら、コンピュータのための(同時に人のための?)音楽の記述方 法を思案中。また、NGO活動を経て、ジンバブエの教育関係者との支援のた めの共同研究に参加して(使われて)いる。 |
●●●●「La Vue」7号の内容(01/09/01発行)●----------------- ◆「日本映画について」(仮題)上倉庸敬(大阪大学教授・美学) ◆「倫理って何なんだ〜!―倫理の共有は可能か?―」ひるます(漫画家) ◆「緑の国のインディアン」小原まさる ◆「新宮市住宅地図調査日誌―新宮で読む中上健次―」村田 豪 ■協賛:哲学的腹ぺこ塾 ■後援:ヒントブックス:英出版研究所 ■投げ銭価格100円より・B4判・8頁・発行部数10000部 ■京阪神地区の主要書店(一部東京方面)・図書館・文化センター他に配布 本紙は市民の表現を保障する媒体として、読者の方々の「投げ銭」及び 「木戸銭」というパトロンシップによって、非営利的に発行しております。 頒価100円は、読者の方々の「投げ銭」の目安です。 また本紙を安定的に発行するために、賛助会員を募っております。 年会費一口、1000円(5号〜8号までの定期購読料+送料+投げ銭)からの 「木戸銭」を申し受けております。 ■「投げ銭」「木戸銭」は、切手にても承ります。 ■郵便振替口座 「るな工房」00920―9―114321 |
アメリカ発のITニュースには驚かされることが多いが、マサチューセッツ
工科大学(MIT)が4月に発表したプロジェクトには本当に驚いた。これから
の10年間で、ほとんどすべての講義内容をインターネットで無料で公開すると
いうのである。 MIT OpenCourseWare(OCW)と名付けられたこのプロジェクト (http://web.mit.edu/ocw/)は、2001年秋にスタートし、最初の2年半でWeb を利用するためのソフトウェア開発と500以上の講義内容を準備する。最終的 には多岐にわたる分野で2000コースの開設を目指すという。利用対象は当然、 MITのみならず世界中の学生や教育機関である。 eラーニングあるいはバーチャル大学が話題になるにつれて、二つのことが 気になっていた。まず、教科書出版のビジネスモデルに変化が訪れること。さ らに、教科書や講義の著作権の所在が改めて問われることになるのではない か、ということである。話題を耳にしている人も多いと思うが、詳細をぜひ Webで確認していただきたい。このプロジェクト、出版界にとってもかなりの 問題を提起したのではないかと思う。 ◎知のパブリケーションと私有化 「出版」とは、もともと個人の所産による発見や知を、文字どおり「公のも のにする」(パブリケーション)ことだと考えている。生み出され流通するこ とで公有化された知識は、多くの人たちが学ぶ機会を得ることで、再び個人の ものとなって(privatization)、初めて循環することになる。しかし、あまね く公開された知を個人が獲得するためには、歴史的にも地域的にも対価が要求 されてきた。OCWというプロジェクトが「知の私有化(privatization)」である というのは、ここに意味がある。 確かに「出版」は知の流通を担っているが、その知の獲得のためには本を買 う必要がある。同様に教室で学ぶには授業料を払う必要があるし、大学で生み 出されたばかりの知は研究室でしか知ることができない。インターネットの世 界では、知のパブリケーションと私有化が同時に可能であり、両者は同義的で すらある。MITが「前例のない挑戦」に臨んだ結果、教育コンテンツは無料と いう常識が定着するかも知れない。 ◎出版界へ押し寄せる津波 OCWは他の大学がコンテンツを公開することのモデルとなり、将来、教育の ための巨大な資源ができる、とMITは考えている。しかし、単位認定も教員と の交流もないOCWはバーチャル大学ではない。MITで学び卒業したというレッテ ルがほしい者は、今後とも大学の門をくぐることになる。学位授与機関として の権威を保つことで、大学ビジネスは不変である。 一方、質の高い教科書や講義録がフリーで手に入るということは、紙の教科 書出版社が打撃を受けることは間違いない。MITの教授の一人は香港で過ごし た少年時代に、父親からもらったMITの教科書にインスパイアされた体験を 持っている。本の力を知っている彼は、Webの時代にふさわしい方法で、自ら の体験を生かそうとしているのである。 彼らの挑戦は「一石を投じる」なんてレベルではない。まさにビッグウェー ブが高等教育の壁を越えて出版社にも押し寄せてくるだろう。 ◎講義の著作権は誰のものか 大学の先生が原稿を書く場合、大抵、昼日中、研究室で学校備品のパソコン を使って書いている。特に教科書の場合は、執筆に先立つ何年間の授業での成 果、つまり講義ノートをもとにしている。教員は教育することで大学から給料 をもらっている。さらに言えば本を書くことだって研究業績になるわけで、そ れも給料対象である。普通の感覚からいえば、これは「法人著作」だと思うの だが、一般には、大学教員が教科書を執筆し著作権者になることは教員の自由 であり、日本でも欧米でも問題になることはない。 では、「講義の著作権は誰のものか?」「バーチャル大学における教科書の 著作権は教員にあるのか?」となると、どうだろうか。紙の教科書ならば教員 のもの。しかし、教員が所属する学校以外で講義を受け持つ場合、つまり非常 勤講師となる場合に大学当局の許可が必要なことも、日米の共通事項である。 つまり講義は一般講演とは違い、大学の管理下にあるのである。 すでにアメリカでは、オンライン授業の著作権を争う事件が起きている。 ハーバード大学法学部アーサー・ミラー教授が、大学で行っている講義のビデ オ録画をコンコード・ロー・スクールというバーチャル大学に売ったことで、 大学当局から規則違反と抗議を受けたのである。著名な法学博士として知られ たミラー教授の講義ビデオは、高い商品価値を持っており、大学当局も別な講 義をすでにビデオ化して販売していた。原稿料や講演収入に比して講義ビデオ は莫大な売上げであり、個人収入となることに大学も見過ごせなかったといわ れている。 半年後の昨年5月、大学は「他機関でのオンライン授業も許可を有する」と いった新たな指針を出すことで決着した。おそらく、これが全米大学の基本方 針となっていくのではないだろうか(参照:吉田文「カレッジマネジメント 106」)。 ◎講義と教材と教科書の一体化 そもそもオンライン授業のコンテンツは、講義なのか教科書なのか。これに ついてメディア教育開発センター助教授の吉田文氏は、講義とも教材とも教科 書とも呼べるものであり、デジタル技術による一体化状況が起きていると指摘 している。とすれば、オンライン授業の著作権問題は、教科書出版ビジネスの 変化とともにWebがもたらした新たな問題といえる。 OCWが「講義をフリーにする」と決めるさいに、ハーバード大学での事件が 念頭にあったことは想像に難くない。その上でMITの教員が著作権をどう考え ているのか気になるところである。事実、教授会では熱狂的な賛同とともに、 講義内容を有料で提供することから得られる富を手放すことはない、という反 論もあったという。 その富を手放すのは大学当局なのか教員個人なのか。どのような議論があっ たのかはうかがい知れないが、プログラムのオープンソース化に対し発展的な 貢献をしてきたMITの結論は、フリーと出たのである。OCWの発表から2ヶ月 後、早くも二つの民間財団からあわせて11億ドルの寄付が決定した。OCWの収 益モデルはMITの思惑通りに動き出している。(yashio@jim.dendai.ac.jp) ■プロフィール■ (うえむら・やしお)東京電機大学出版局・編集課長。「出版の志はデジタル で生かされる」と思っています。日本出版学会 理事/事務局長/デジタル出 版部会長、JIS符号化文字集合調査研究委員会、画像処理技術標準化調査研究 委員会等委員。『印刷雑誌』『新文化』等に、デジタル出版に関するコラムを 連載中。E-mail:yashio@jim.dendai.ac.jp 「ネットワークと出版」 |
ムーヴマンを練り、それを肉体で表現するときに、わたくしはいつも風が樹
木に戯れ、葉がそよぎ、また水の流れるような動きでありたいと念じます。植
物や空の雲、海の姿など、自然の姿はいつものびやかであり、また簡潔に、
いっときもとどまることなく流動を続けながら、同時に静謐な美しさにあふれ
ています。流転してやまぬものと静寂を紡ぐものと、反する二相が矛盾なく存
在し、悠久を織りなす摂理に、胸うたれるのでした。 卓越したバレエダンサーの動きを見ると、わたくしには踊り手のテクニック や様式の違いを超えて、そのムーヴマンの優雅が、まるで水面に拡がる波紋 や、風になびく花々の描く流線と同じであることに目をみはります。地上に縛 られた人間の動きを超えたしなやかさ、みずみずしさを体現するダンサーたち はいずれも、わたくしなど手の届きえぬお月さまのようです。 現代バレエの巨匠であるジョージ・バランシン、またその一番弟子である ジェローム・ロビンズは、古典的な物語バレエと袂(たもと)を分かつ思想を 掲げながらも、自身の作品を踊るダンサーは厳しく選別し、クラシックの高度 な技術と、均整のとれたしなやかな容姿の持ち主であることを要求しました。 牧神(パン)の笛 鬱する午後の戯れに 消えをあやぶむ そのささめきよ さらに、ロビンズがあるインタビューで語った言葉を、わたくしはしばしば 思いだします。率直で無駄のない態度……余分な挙措が日常にない人格が望ま しい。そうすれば、舞台でわざとらしい動作を避けられる……。 ムーヴマンは、すべてそのダンサーの心からなるもの、というナタリア・マ カロワの吐露と思い合わせて、せめてわたくしにかなう洗練とは、心を陶冶 (とうや)することであろうか、と噛みしめるのです。 平素、わたくしはひとり芝居に舞踊の要素を組み合わせたパフォーマンスを 中心としていますが、先天的に柔軟性と感情移入能力に恵まれたおかげで、上 半身はほとんど自動的に、芝居の台詞や音楽のもたらす情緒に感応して、自分 の意思以上に動いてしまうようです。芝居の狂言回しである山口椿からは、た びたび抑制を諭(さと)されますが、しばらく前まで、わたくしは音楽や台本 の影響によってひとりでに突き動かされる自身の肉体の反応、声の調子を自制 することができなかったのです。 とはいえ、芝居においてどれほど激しい感情をたぎらせていようと、演技者 であるわたくしは冷静で、終始醒めたまなざしを失うことはありませんでし た。このような沈着を保つことができるのは、芝居の所作に台詞のあてぶりで はなく、バレエに習った抽象表現を心がけたおかげかもしれません。気が緩む と即座に崩れてしまう非日常的なムーヴマンを連続させるには、台詞を喋るの とはまた違った精神集中が不可欠でした。理性を失わないのに、自分のからだ の反応を制御できない不思議さ妖しさに、わたくしはしばしば考えこんだもの です。 明る妙(あかるたへ) 言(こと)通はざる深みより さし出づる手の白き舞姫 しかしながら、上半身よりさらに難しいのは下半身のコントロールでしょ う。それは、足が高くあがるか、回転やジャンプができるかといったテクニッ ク以前に、基本的な歩き方そのものに演技の核心はあると思います。 さきにロビンズの「率直で……」という言葉を引用しましたが、見る目のあ る者にとっては、日常のなにげない空間移動の姿に、相手の隠れた心の姿を、 いくばくでも察することができるのかも知れません。 繰り返し同じ人物をひきあいに出すのは恐縮ですが、ナタリア・マカロワは ワガノワ・アカデミーの生徒だった頃、教師たちに丹念に「役柄にふさわしい 歩き方」を教えられたそうです。すなわち、ジゼルにはジゼルの、オデットに はオデットにふさわしい歩き方があり、それを可能にするためには、演じるヒ ロインの内面を理解しなければなりません。 歩き方をめぐり、マカロワは感に耐えたように述べています。かつてガリー ナ・ウラノワ演じるジュリエットが黒いマントをひるがえし、ロミオに会うた めに走ってゆくシーンには、少女のひとりよがりな情熱、さらに来(きた)る べき悲劇の予兆さえ見てとることができた、と。そのいっぽうで、完全主義者 マカロワは、世界最高の精鋭ぞろいのキーロフバレエ団の朋輩について、おど ろくほど厳しい言葉を残しています。「たいていの者は、わざとらしい歩き方 しかできないのだ」 影萎(しな)ひ 風ひくき夜の奥津城(おくつき)に さ青のジゼル さまよひ出づる まことに卑小ながら、わたくしはマカロワに従い、演じる時には、役柄の内 面にふさわしい歩き方を努めます。ひとり芝居ですから、たいていの作品で複 数の人物を演じ分けるのですが、歩き方、ひいては姿勢についての示唆は、大 変貴重な教えでした。例えば、知的な女の登場から淫蕩で大胆な歩みへ、さら に結末を予知しつつ、愛憎錯綜した万感籠もる姿、と自分の主要な演目「ロベ ルトは今夜」の三場の展開を、わたくしは明確に意図して歩きますが、さてど れほどの成果が得られていることか。腕ほどに、わたくしの両足は自在ではあ りません。ともすると、地のままの粗雑なわたくしが無防備に現れてしまうよ うです。 役柄に過不足ない的確で自然な歩き方、それもやはり心のありかた次第と思 います。自然に、というありふれた修辞を、わたくしは大切にうけとめていま す。なぜなら、森羅万象を擁する自然は、常にアムヴィヴァレントな存在であ り、わたくしにとって真に迫った表現とは、人物の基本的な性格把握の上に、 この二律背反を――それを演技として表現するか否かはさておき――すくなく とも内心において弁え、さながら地下をゆく隠れ水のように表にあらわに見え なくとも、その潤いによって、芝居全体をひきしめ、陰影を彫あげ、豊かな舞 台幻想を生み出す、というものなのです。 表現についてのわたくしのこのような意志は、いたらぬ身には過剰にすぎる かも知れません。けれどもなろうことなら、とるにたらぬささやかな芝居で あっても、台詞に語られぬわたくしの思いが、ムーヴマンとなって空間にあふ れ、それをお客様に伝えることができたなら、と。 手にあまる思ひ知らずや はやりかに爛(た)けゆく夏の影まばゆきを ■プロフィール■ (ゆふまどひ・あかね)作家、女優、チェリスト。山口椿(作家・画家・チェ リスト)の主要な作品を全てひとり芝居で演じる。「ロベルトは今夜」「薔薇 とナイチンゲール」「サロメ」など。作家としての処女作「海の器」が、スイ ス・アリエル社より仏独伊三ヶ国語で翻訳中。今秋、デジタルブックとして STUDIO Fitzより日本語版原作を販売予定。 http://www5a.biglobe.ne.jp/~maoniao/tubaki/01.html |
■編集後記■ ★ゆふまどひあかねさん演ずる「ロベルトは今夜」を、私は今年ようやく拝見 することができた。人前にあって、彼女は演じている時間のほうがもしかして 長く、またその豊かな表情や声、呼吸までもが生き生きとして輝いているよう に思える。けだるいためいき、はっと吸う息の緊迫……。何ひとつとして見逃 される事のないちいさな舞台の上、濃密なせりふのむこうで、彼女は別の世界 にただひとりで向かう。その姿は波に洗われて真砂になる珊瑚のように、漂白 されてゆくようにも見える。※ウエブにて、パフォーマンス等の画像を見るこ とができますので、ぜひ。(いのうえ) ★内緒にしていたが当房の「Chat noir Cafe′=黒猫房」のネーミングは、小 原さんの論考で紹介されている「黒猫」に由来しています。 ★植村さんの論考を読みながら、数年前のTVCMでeラーニングを通じて博 士号を取得する老人の話を憶い出していた。知的生産活動の経済的支援と知的 財産のオープン化(私有から共有化へ)は、21世紀の課題だと思います。社会 学者の立岩真也氏ふうに言えば、私的所有や対価的発想に基づかない「富の再 分配」という視点にも関連しているように思います。(黒猫房主) |