「哲学的腹ぺこ塾」読書会のレジュメ

■ 第6回
■ テキスト:ルネ・デカルト『方法序説』
■ 日  時:00年01月16日(日)午後1時
■ 報 告 者:村田 豪

ルネ・デカルト〔1596−1650〕
『世界論』(1633)〔ガリレオの断罪により刊行を断念。死後1664年に形を変えて出版〕
  『方法序説および三試論』(1637)
  『省察』(1641)
  『哲学原理』(1644)
  『情念論』(1649)

第一部「学問に関するさまざまな考察」

 1−1 「良識はこの世でもっとも公平に分け与えられている」(p8)
     →有名だがデカルトはたいしてそう主張していないのでは?
       cf.「理性すなわち良識がわたしたちを人間たらしめ動物から区別する唯一のものであるだけに各人のうちに完全に具わっていると思いたいし……」(p9)
 1−2 「文字による学問」にたする幻滅とその放棄
 1−3 数学マニアとしての告白
    “数学があれほど確実性と明証性を持つのにそれを他の学問の基礎にしない手はない!”
 1−4 (スコラ)哲学への批判
     :「同一のことがらについて真理は一つしかありえないのに……」(p16)
     :「ほかの諸学問については、その原理を哲学から借りている限り……」(p16)
 1−5 「世界という大きな書物」による探求へ

 第二部「探求した方法の主たる規則」 デカルトのプログラム

 2−1 自分一人だけですべてを設計し、すべてを築き上げることの必要とその危険
    → 古い意見を捨て去るのは、認識の真の方法を探求してから
 2−2 《四つの規則》「論理学」「幾何学」「代数」三つの学問の長所を総合
     1)明証性の規則 − 明証的に真であると認めるのでなければ、どんなことも真として受け入れないこと
     2)分析の規則 − 問題を小部分に分解して解くこと
     3)総合の規則 − 思考を順序にしたがって導くこと
     4)枚挙の規則 − 完全な枚挙をおこない、何も見落とさないこと
 2−3 「人間が認識しうるすべてのことがらは……一つのことから他のことを演繹するのに必要な順序を常に守りさえすれば、どんなに遠く離れたものにも結局は到達できるし、どんな隠れたものも発見できる」(p29)
 2−4 哲学的原理をもこの手法で明証的なものにつくりかえる必要

第三部「この方法からひきだした道徳上の規則」 デカルトの暫定的道徳

 3−1“理性の非決定、判断中止においても実践的領域は存在するし、尊重せねばならない”
 3−2 三つの格率
      〈第一の格率〉習慣に従うこと(穏健のススメ)
             “約束じみたことも、後々のためにはしないほうがよい”
      〈第二の格率〉一度決めた以上一貫してその道を進むこと(断固たる決断のススメ)
             “森の中のデカルト”
      〈第三の格率〉運命にしたがい、世界よりも自分の欲望を変えること(分相応のススメ)
 3−3 デカルトの使命:「理性を培い、真理の認識を進歩させること」
       →仮の道徳に甘んじるのはこの使命に裏打ちされているから
 3−4 四つの規則と三つの格率を携え、古い考えを捨て去る決意
       →炉部屋から旅へ(世界という書物へ)
 3−5 難解な数学の問題を解く練習の日々
       →自己の方法と精神を鍛えるため(来たるべき時にそなえ“筋トレ”に精をだすデカルト)
 3−6 しかし9年を経ても確実な哲学の基礎を求めるにいたらず
       →オランダへ隠遁

第四部「神の存在と人間の魂の存在を証明する論拠」

 4−1「私は考える、ゆえに私は存在する」《Je pense donc je suis.〔 cogito ergo sum 〕》コギトの創出
    1)コギトは意外にあっさり見つかる。というかめちゃめちゃ速い?!
    2)「方法的懐疑」の力点:「世界は幻ではないか?」というとき
      “それは実在しないのでは?”×
      “私が間違っているのかも!”◯
       →認識と世界(対象)との関係の恣意性への意識(ex.現実/夢、太陽の大きさ、etc.)
    3)世界に掛けわたす座標軸の原点としてのコギト
    4)コギトの定式は「〜するゆえに我あり」というどんなパラフレーズをも集約する(『哲学原理』p40)
      →「私」があることの「明証性」(【類似品】レゾンデートル、実感、アイデンティティ)は、結局は精神の領域の作用である「思惟」においてしか、実は見いだせない
    5)コギトの構造:意識(思惟)-「私」の距離のなさ/同時性(差延?)
      →“私は考える、つまりその時すでに「私」は主語〔主体〕である”
    6)ラカンの精神分析的主体との親和性 ― 駆け出すコギト“私はそれだ!”
    7)分かるということを承認すること(中学生の例より)
      →第五部5-5の「オートマット」/人間の区別の問題
 4−2 《一般命題》:「明晰かつ判明にとらえうることはすべて真である」(p48)
     〈コギトを真で確実なものとして保証するものは何か?〉
      →「考えるためには、存在しなければならない」ことをきわめて明晰に分かっていること以外ない
      →つまり上記の一般命題が成り立っている
 4−3 神の存在証明
    1)その証明の一貫性:疑う→我あり→しかしなぜ疑うか→不完全だから→私に完全性の観念がある→その観念はどこから→その観念に対応するすべては私にはない→私以外ののものがどこかになければならない→しかもその観念は完全者からしか由来しえない→つまり神が存在する
    (ロジックがおかしいわけではないが、奇妙な気分が残る。或いはあるものは全く説得されないだろう)
     2)《神の観念には、「存在する」が含まれる》(p52)
     →三角形の観念に「三つの角の和は二直角に等しい」ということが含まれるのとおなじように
     3)「神の存在論的証明」の系譜と批判
      《証明派》    アンセルムス       トマス     《批判派》
                           VS
                デカルト           カント
      《アンセルムスの証明》
       (1)神とはそれよりも大きな何ものも考えられないような存在だ
       (2)それをわれわれは知性において理解する(知性にある)
       (3)知性にあるならば、その本性からして神は実在する
       「神の本質を人間は認識できない」(トマス)      4)カントの批判(『神の存在証明の唯一可能な証明根拠』※前批判期の論文)
      (1)「存在はなんらかのものの述語または限定ではない」
        《デカルト的証明》〔大前提〕神は「もっとも完全な有」であり、あらゆる完全性を含む
                 〔小前提〕ところで、「存在」は「完全性」のうちの一つである
                〔結 論〕それゆえ、神は存在する
         →「存在」は述語の中には決して見いだされない。よって〔小前提〕は偽である
    (2) 「神は存在者だ」という文章は正確ではない(カントの悪文問題の一端?)
         →「ある存在者に、神という表現で総称されるすべての述語が帰属する」と言うべきだ
           (フレーゲ、ラッセルの記述理論の先駆け)
       (3)「存在は事物の絶対的定立である」(そのことによってすべての述語から区別される)
 4−4 神の存在によって4-2 《一般命題》が最終的に確立される
     〔証明〕神という完全な存在者→我々のうちにあるすべては神から しかるに我々のうちには虚偽も→我々が不完全だから→虚偽と真の観念の違いを保証できない?→しかし明晰で判明な観念は神に由来する→4-2《一般命題》はきわめて確実
 4−5 前提的懐疑の破棄
       「理性の明証性による以外、けっしてものごとを信じてはならない」(p55)
        →現実と夢という習慣的な区別によって誤謬が避けられるのではない

〔考察〕クリプキの様相の形而上学から(『名指しと必然性』)

(1)記述理論:名前はその確定記述に等しい
   (ex)《「アリストテレス」は「プラトンの弟子」だ》
     α「アリストテレスはプラトンに学ばなかったかもしれない」……一般に言明として成立
     β「プラトンの弟子はプラトンに学ばなかったかもしれない」……記述理論では矛盾が生じる
    →つまり固有名は、確定記述と同値ではない:「固定指示子」(カントの「絶対的定立」に近い?)
     cf.「(名前によって)ひとたびその物を捉えてしまえば、それが存在したと知っている」(クリプキ)
(2)「『メートル原器(S)』は1メートルである」は必然的真理か? 〜「アプリオリ」と「必然性」〜
     「1m」とは「時刻toにおけるSの長さ」である(定義/固定指示)
       (→反事実的状況において「toにおけるSの長さは1mではなかったかもしれない」と言いうる)
   ゆえに 認識論的には 「toにおけるSの長さは1mである」はアプオリに知りうる だが 形而上学的には「toにおけるSの長さは1mである」は偶然的真理(必然的ではない)
    cf.「πは円周の直径に対する比 l/2r である」は必然的真理(πはある実数の名前、l/2rも固定的)
(3)同一性言明
     α「金は黄色い金属である」(カントのアプリオリな分析判断の例)〔固定=非固定〕
     β「熱は分子運動である」(アポステリオリな必然的真理)    〔固定=固定〕
       cf.「熱は感覚sによって感じられるもの」はメートルと同じく 〔固定=非固定〕
(4)大前提「神はもっとも完全な有である」はどう分析されるか
      「神はもっとも完全な有ではなかったかもしれない」
      (→おかしいのでは? 「神」以外の何かがもっとも完全な有であることになってしまうが、それを人は「神」と呼ぶのではないのか? つまり「神」は非固定指示子?)
(5)心身同一説問題(A=ある痛み B=それに対応する脳状態)の困難
     α「もしA=Bならば、その同一性は必然的」(一元論者が証明しなければならない)
     β「AはBなしに、BはAなしに存在しうる」(デカルト/カルテジアン)
     →しかし(3)のアナロジーは使えない
      「熱」−感覚sという偶然的性質によって固定指示(観察者を媒介)
      「痛み」−固定的かつ本質的性質によって固定指示(コギト以外固定指示できない!?)
(6)デカルトの懐疑とクリプキの様相理論の方法的類似
    1)可能世界論的真理探求
     「感覚が想像させるものは何も存在しないと想定しよう……」(熱を感じなかったとしたら……)
     「神が私を欺いていることもありうる」(欺こうと別の光を走らせてもそれを稲妻だとは言わない)
    2)「蜜ろう」の把握は何によるか(「第二省察」コギトの確立後)
      →味、色、形などの知覚によってではなく、精神によって(固定指示的、直認的)
(7)「私が考えるものであるかぎり、両親は決してわたしを作りだしたものではない」(第三省察)
     →デカルトがその両親、その両親のまさにその卵子と精子から生まれなかったかもしれないとは言いうるか?
      α「デカルトが現在知られているようなものとはまったく違った人生を歩んだ可能性はある」=デカルト
      β「誰かが代数幾何学などデカルトのすべての業績を残したかもしれない」≠デカルト
      γ「デカルトがパスカルの両親、その卵子と精子から生まれたかもしれない」(パスカルなのでは?)

第五部「心臓の運動や医学に属する他のいくつかの難問の解明とわれわれの魂と動物の魂との差異」

 5−1 『世界論』の略述:神による創世(カオス的物質)と自然法則による宇宙の発生と秩序
 5−2 生物の進化過程の説明の放棄(神による機械論的身体と理性的魂の創造)
      →身体は動物のそれと同じ機能をもつ
 5−3 心臓の運動の解明 〜完全な錯誤と自信たっぷりのデカルト〜
      →心臓は熱く、流入した血液の密度を低くし、膨張させて押し出す(血液循環の原理)
    「何か動物の心臓を目の前で切り開かせて見ていただきたい」(p64)
    「次のことを注意したい。…いま説明した運動は…諸器官のただの配置、指で感じることができる熱から、必然的に帰結するのであり」(p68)
     (→しかし感覚は不確かだから信じないのではなかったのか?)
 5−4 オートマット(自動機械)と人間を見分ける指標
     1)ことばを意味に応じて使用するか
     2)そこに理性的認識があるか(普遍的な道具として動くか)
       (→おそらく機械にも可能であろう。が、人間コギト、機械コギト双方がそれを認めないのでは?)
      cf.「データ少佐」を考察せよ
 5−5 理性的魂の不滅について
       →理性的魂は身体に依存しないゆえに身体とともに滅びない、他の滅びるべき原因も見つからない

第六部「自然の探求において先に進むために何が必要か」

 6−1 『世界論』の出版をひかえた理由
 6−2 自然科学に関する知識の人類的進歩の可能性(知的財産の公的利用)
 6−3 そのための実験の必要性
 6−4 〈態度変更〉自分の発見した真理を公表しないこと(デカルトの普遍学の構想のスパン)
 6−5 真理探求のための「方法」の価値(個々の真理の価値よりも)
 6−6 『三試論』刊行のいきさつ(評判/悪評を避けるため)

【出典・参考文献】
 『方法序説』谷川多佳子訳(岩波文庫)
 『哲学原理』桂寿一訳(岩波文庫)
 『世界の名著27 デカルト』野田又夫編(中公バックス)
 『デカルト読本』湯川佳一郎/小林道夫編(法政大学出版局)
 『カント全集(第二巻)』山下正男訳(理想社)
 『カント理論哲学形成の研究』檜垣良成(渓水社)
 『名指しと必然性』ソールA.クリプキ(産業図書)
 『ラカンの精神分析』新宮一成(講談社現代新書)




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